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東京地方裁判所 平成10年(ワ)7126号 判決

原告

有限会社ビーオー

右代表者取締役

被告

株式会社コスモフレンド

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

宮下文夫

主文

一  被告は原告に対し、別紙物件目録≪省略≫記載二の建物を収去して、同目録記載一の土地を明け渡せ。

二  被告は原告に対し、平成一〇年三月二七日から前記建物収去土地明渡済みまで、一か月四万〇五〇〇円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同じ。

第二事案の概要

本件は、不動産競売手続により土地を買い受けた原告が、その土地上に建物を所有して右土地を占有している被告に対して、右土地所有権に基づき、建物収去土地明渡しと、右土地の使用料相当損害金の支払を求めている事件である。

一  争いのない事実及び証拠上明らかな基本的事実

1  別紙物件目録≪省略≫記載一の土地(以下「本件土地」という。)、右土地上に存した岡崎興業株式会社(以下「岡崎興業」という。)所有の別紙物件目録記載三の建物(以下「本件旧建物」という。)及び別紙物件目録記載四の建物を共同担保として、原因を昭和六二年四月二一日設定、極度額一三億円、債権の範囲を手形貸付取引・手形割引取引・証書貸付取引、立替払委託取引・支払承諾取引・賃貸借取引・手形債権・小切手債権とする、債務者岡崎興業、根抵当権者株式会社オリエントファイナンス(以下「オリエント」という。)とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)に基づく、東京法務局港出張所昭和六二年四月二一日受付第一七五八九号根抵当権設定登記が存在していた(≪証拠省略≫)。

右根抵当権設定登記のうち、本件旧建物の根抵当権設定は昭和六二年六月一五日解除され、また、昭和六二年六月二五日受付で、右根抵当権設定登記は右解除を原因として抹消された(≪証拠省略≫)。

本件旧建物は昭和六二年六月一七日ころ取り壊された(≪証拠省略≫)。

2  昭和六三年六月一四日ころ、別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)が本件土地上に新築され、次いで、昭和六三年六月二五日、被告は岡崎興業から本件建物を買い受けてその所有権を取得すると同時に、本件土地について、建物所有目的で、期間は昭和六三年七月一二日から五〇年間、賃料一か月は四万〇五〇〇円として借り受けた(≪証拠省略≫)。

3  オリエントは、昭和六三年一〇月二四日、東京地方裁判所に対し、本件土地の根抵当権に基づき競売を申し立てた(東京地方裁判所昭和六三年(ケ)第九三七号。以下「本件競売事件」という。)。

原告は、本件競売事件において、本件土地の買受人となり、平成一〇年三月二五日代金を納付して、本件土地の所有者となった。

二  争点

本件建物のための法定地上権の成否

(被告の主張)

1 オリエントは、本件旧建物についての根抵当権設定契約を昭和六二年六月一五日付けにて(合意)解除し、その原因に基づき既存建物の根抵当権は抹消登記された(≪証拠省略≫)。オリエントの本件旧建物についての根抵当権設定契約の右解除は、解除の遡及効により、根抵当権設定契約当初に遡って、本件旧建物及びその従物たる敷地利用権の担保価値を放棄したものといえる。

2 岡崎興業は、本件旧建物についての、オリエントの昭和六二年六月一五日付け根抵当権解除承諾のもと、その後の昭和六二年六月一七日本件土地上の本件旧建物を取り壊して、本件建物の新築工事を訴外三園整備株式会社(以下「三園整備」という。)に発注し、三園整備は本件建物の新築工事を請け負い、本件建物は、遅くとも昭和六三年六月一四日ころまでには完成したが、右工事代金の支払がないため、三園整備は建築請負人である自らの名義で同年六月二三日表示登記、同月二五日保存登記を受けた(≪証拠省略≫)。

岡崎興業は、右建築工事代金を支払うため、本件建物を借地権付き建物として販売するところとなった。

被告は、岡崎興業から本件建物を買い受け、同時に、本件土地について本件建物のための借地権の設定を受け、昭和六三年七月一二日ころ、岡崎興業から本件建物と本件土地の引渡しを受け、それ以降、本件建物を店舗用に改装し、店舗兼事務所として使用している。

3 したがって、本件旧建物に対するオリエントの根抵当権解除は、右建物及び敷地利用権の担保価値の放棄を意味するだけでなく、その解除の遡及効により、本件旧建物に対する関係で、根抵当権設定契約当初に遡って効力を有することになるため、本件旧建物にはオリエントの根抵当権が当初から設定されていなかったことと同様の法的効果を生ずる。

よって、民法三八八条の規定により、本件土地にはその地上建物のために法定地上権が設定されたこととなり、原告は、本件土地の地上建物(本件旧建物又は本件建物)の存在に必要な範囲の地上権の制約を受けた本件土地を、競売により買い受けたにすぎないことになる。

4 なお、土地建物の双方に抵当権(共同抵当)が設定された後、建物が再築された場合の法定地上権の成否については、いわゆる個別価値考慮説と全体価値考慮説の対立がある。

個別価値考慮説は、共同抵当の土地建物のうち土地についての抵当権は、あくまで法定地上権分を控除した底地権についての土地の交換価値を把握しているにすぎないものである以上、抵当権者に対してはこの部分についての担保価値を保証すれば足りるとして、新建物のために原則として旧建物を基準とした法定地上権の成立を肯定し、ただし、抵当権設定者等が抵当権者の承諾なしに建物を取り壊した場合には法定地上権の利益を放棄したものとして、法定地上権の主張は権利の濫用として許されないと解するものであるところ、本件事案においては、右のような権利濫用に当たる事情はなく、法定地上権が成立することとなる。

また、全体価値考慮説は、同一所有者に属する土地建物についての共同抵当権者が法定地上権分を含めて土地の交換価値を把握していたものであることを重視し、新建物のためには原則として法定地上権の成立を否定し、ただし、例外的に、(1) 新建物の所有者が土地の所有者と同一であり、かつ、(2)① 新建物が建築された時点での土地の抵当権と同順位の共同抵当権の設定登記を受けたとき、又は、② 土地の抵当権者がそのような抵当権の設定を受ける権利を放棄したときには、新建物についての法定地上権が成立するものと解するものであるところ、本件事案においては、抵当権者オリエントは、本件旧建物取壊し前に根抵当権の解除を承諾し、自ら右建物についての根抵当権設定登記の抹消登記手続をしているものであるから、オリエントは、根抵当権設定者である岡崎興業が本件旧建物を取り壊し、新建物を建築することを事前承諾していたといえ、オリエントは、全体価値考慮説の言うところの例外である法定地上権価格放棄、又は新築建物に対する同順位抵当権の設定を受ける権利を放棄したものといえる。そして、オリエントと岡崎興業とは、従来、多数の融資取引関係にあり、岡崎興業は、オリエントにとって重要な顧客であり、オリエントは、本件土地や本件旧建物以外にも多数の岡崎興業所有の不動産に根抵当権の設定を受けており、当時、本件土地分の法定地上権を放棄しても十分債権を担保するだけの担保権を有していたようであり、本件土地の地上権価格の放棄又は新築建物に対する土地抵当権の同順位設定の放棄は、当時の両者の関係から十分合理的な理由のあるものと思われる。

さらに、オリエントが、本件旧建物の根抵当権のみを解除したのは、岡崎興業が他にも多数の不動産を所有し、これらを順次担保に供したことにより、当時(第一次バブル全盛期)、総合的にみて、十分に他の不動産でも全債権を担保し回収できることになり、ゆえに本件旧建物の抵当権が必要なくなったことにより、オリエントと岡崎興業は、岡崎興業が本件土地に店舗を建築し、借地権付き建物として販売又は賃貸することに合意したことにより、岡崎興業又は建築業者の求めに応じて、旧建物取壊し前及び新建物建築前に旧建物抵当権を解除し、当初より旧建物に抵当権を設定していないのと同様の法的状態にすることになったものと思われる。さすれば、土地と建物が同一人の所有であるときに、その土地のみに抵当権が設定され、その後建物が再築されたときと同様の法理によるべきであり、法定地上権が成立するものである。

(原告の主張)

本件土地に法定地上権は成立しない。

第三争点に対する判断

一  前記第二「事案の概要」一の「争いのない事実及び証拠上明らかな基本的事実」のもとにおいて、本件土地における法定地上権の成否について検討するに、「所有者が土地及び地上建物に共同抵当権を設定した後、右建物が取り壊され、右土地上に新たに建物が建築された場合には、新建物の所有者が土地の所有者と同一であり、かつ、新建物が建築された時点での土地の抵当権者が新建物について土地の抵当権と同順位の共同抵当権の設定を受けたとき等特段の事情のない限り、新建物のために法定地上権は成立しないと解するのが相当である」(最高裁平成七年(オ)第二六一号同九年二月一四日第三小法廷判決・民集五一巻二号三七五頁)ところ、オリエントの承諾を得て本件旧建物の根抵当権が解除されたことが認められ、また、そのことなどにより、オリエントが本件建物の取壊しを承諾していたと認められるとしても、そのことをもってして、抵当権が設定されていないその後に建築された建物のために法定地上権の成立が認められるべき特段の事情があるとまでは到底言えず、その他、本件全証拠によってもこれを認めるに足りる的確な証拠は全くない。

そして、その他、本件全証拠によっても、本件土地に法定地上権が成立していると認めることはできない。

二  証拠(≪証拠省略≫)によれば、本件土地の使用料相当損害金額は一か月当たり四万〇五〇〇円であることが認められる。

三  したがって、本件土地所有権に基づき、本件建物を収去して本件土地の明渡しを求めるとともに、本件土地の所有権を取得した後である平成一〇年三月二七日から右収去明渡済みまで一か月四万〇五〇〇円の割合による本件土地使用料相当損害金の支払を求める原告の請求はすべて理由がある。

(裁判官 本多知成)

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